湧水と水路をめぐる旅

日本各地の湧水、水路などの水辺空間を訪ねた記録です

「吟田川(ちびたがわ)」の湧水と信仰の跡(新潟県上越市)

前回ご紹介した「大出口泉水」。

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そこで地図を見ていて目に留まった、すぐ近くの「吟田川(ちびたがわ)」の湧水を訪ねました。

周辺の地形図

ここも大出口泉水と同様に、尾神岳の斜面が急に緩やかになるところで、立地条件は似ています。

 

GoogleMapには「吟田川不動明王霊地」と登録されています。

余談ですが、「ちびたがわ」という名前を聞くと、あの串に刺したおでんを持ったキャラクターを思い出しますね。

 

www.koredeiinoda.net

https://www.koredeiinoda.net/wp-content/uploads/2011/11/chibita_s.gif

(上記の赤塚不二夫公認サイトより)

新潟弁で「冷たい」を「ちびてぇ」と言ったりするので、「冷たい川」という意味の名前なのではと想像しました。ただそこになぜ「吟」の字を当てたのか、謎のままです。

「不動明王霊地」の信仰の跡

現地に到着すると、道端にはさっそく何か所も水が湧きだしています。

湧水の脇に「熊出没注意」

口コミのとおり、水汲みにはちょうど良さそう。ただ「熊出没注意」の看板が気になります…

不動明王霊地は山手に登ったところのようなので、念のため熊鈴をつけて向かいます。

「吟田川不動明王霊地」と書かれた立派な石碑

登ったところには案内板が。

案内板

こちらによると「手をきるような冷水滝の横に不動明王石造があり、信者沐浴のための脱衣小屋もあった。(中略)その後、地滑りのため霊地はあれてしまったが、地主及び篤志家の寄付により昭和60年10月柿崎町が復旧整備した」とのこと。大出口泉水も水温8度とのことでしたので、確かに手を切るような冷たさ。とても「ちびてぇ」水です。

この湧水の滝が修験道の聖地になっていたが、地滑りにより失われてしまったとのこと。

確かに先ほどの大出口泉水の棚田も地滑り地形。このような地滑りが繰り返されて今の地形が出来ているのでしょう。

石造群

案内看板の近くには石造物群も。不動明王もあるようですが、以前からあったものなのかはわからず。

吟田川湧水

幸いクマに出会うことなく、無事に道路沿いに戻ってきました。道路から下にはかつての養魚場跡が見えます。

養魚場の跡。廃業してしばらく経つのか草でおおわれてしまっている。

散策する間にも水を汲みに訪れた方が何人か。道路からのアクセスがいいので、利用する方も多いようです。

湧水は小川となって道沿いを流れる

この湧水、地元の日本酒、その名も「吟田川」の仕込みにも利用されているようです。

www.niigata-sake.or.jp

というか、「吟田川」で検索すると出てくるのはこの日本酒ばかり。お酒をちびちび飲むのを連想させる、なかなか良いネーミングなのではと思います。どんな味か気になりますね。(私は下戸でお酒が飲めず残念…)

水汲みできる場所は何か所も

湧水を飲んでんでみると、きりりと冷たくやわらかな軟水。

時には災害を発生されることもありつつも、豊かな山の恵みです。

 

 

「大出口泉水」と名水の棚田のパノラマ(新潟県上越市)

2026年5月下旬、田植え時期の棚田をめぐる旅の途中で、「大出口泉水(おおでぐちせんすい)」を訪ねました。大出口泉水は上越市(合併前の柿崎町)にある「尾神岳」の中腹、標高330m付近から湧き出し、平成の名水百選にも選定されています。湧水はたいてい窪地や崖下に湧き出すのですが、大出口泉水はかなりの湧出量がありながら、付近からはすばらしい眺望が望めるという、ちょっと異色の存在です。

大出口泉水周辺の地形図

地形図を見ると、尾神岳の斜面が急に緩やかになるところに立地しているのがわかります。この立地が、湧水と周囲の景観を生み出しているのです。

大出口泉水の湧出点

細い山道を登った先、「大出口公園」として整備された駐車場に車を停めて、山側に少し登ります。

道路沿いに流れ出る水はなかなかの量。

斜面の上から流れてくる

山側に登ると100mも行かないくらいで湧出点です。意外に近い。

湧出点。「大出口泉水」と刻まれた石碑が建つ。

背後は急な斜面。地形図で見たとおり、ここで傾斜が変わっていることがわかります。湧水は石の間から音を立てて流れ出しています。

湧出点から流れ出す水

案内板によると、水温は年間平均で8度程度と低め。1日の湧出量は4,000トンとかなりの量です。

湧水の脇には不動明王が祀られています。

岩をくり抜いた場所に祀られている

湧水は森の斜面を流れ下り、道路沿いの開けた場所へ。

湧出点付近から下流側を見る

名水の棚田

改めて、先ほど車と停めた道路沿いから、麓の方角を眺めます。なだらかな丘の先には日本海!

養魚場、その先には日本海

この広々とした風景からちょっと分け入ったところにあの湧水があるというのはなんだか不思議な感じです。

ちょうど田植えをしたばかり

このなだらかな地形は地滑りにより生じたもの。湧水付近が大きな谷になっていないのも地滑りが繰り返されたためなのかもしれません。

そしてなだらかな丘の上では、この大出口泉水の湧水を利用した棚田が耕作されています。

左奥には妙高山、北アルプスまで見渡せる

この棚田は『名水「大出口泉水」流れる棚田群』として棚田百選にも選定されています。

こちらは北側。米山の裾野から日本海まで見渡せる。

海も山も見渡せるこの大パノラマの棚田は感動ものです。水源となる豊富な湧水と、地滑りによるなだらかな土地。これらがこの景観を生み出しているというわけです。

 

大出口泉水から出発しようと地図を見ると、北に2㎞ほど行ったところに、もう1か所湧水があるのを見つけました。次回はそちら「吟田川(ちびたがわ)湧水」をご紹介します。

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平出遺跡と「平出の泉」(長野県塩尻市)

 

長野県塩尻市にある「平出(ひらいで)遺跡」は、日本を代表する縄文時代から平安時代にかけての複合集落遺跡です。

この遺跡の最大の特徴は、「約5,000年もの間、途絶えることなく人々が暮らし続けた」という点にあります。縄文の竪穴住居、古墳時代の豪族の居館、そして平安時代の集落跡までが同じ場所から見つかっています。

これほど長い間、人々がこの地を離れずにコミュニティを維持できた理由。それこそが、遺跡の近くで今も澄んだ水をたたえる湧水「平出の泉」の存在でした。

平出の泉

平出の泉は平出遺跡、そして現在の平出集落の南側、丘の麓にあります。

2026年4月上旬に訪ねた際は、ちょうど桜が満開でした!

水面に目を向けると、水の透明度と、吸い込まれるような特徴的なエメラルドグリーンに目を奪われます。この湧水は付近に分布する石灰岩層のすき間を流れてここに湧き出したものです。この独特な色合いは水質が関係しているのでしょうか。

奥が溜め池の堰堤

現在の「平出の泉」はもともと湧水があった場所の谷の出口に堰堤を築いて、溜め池として整備されています。江戸時代に農業用水にするために整備されたとのこと。水深が6mほどあるにもかかわらず、底の方まで透けて見える透明度には驚かされます。

池のほとりに建つ祠

池のほとりには祠が建っています。湧水地点はこの祠の下のあたりとのこと。水神を祀っているのでしょうか?

堰堤側から。水鏡が美しい。

水温は年間を通じて約12℃と一定で、湧水量は毎秒4~5リットル、1日あたり約350〜430トン湧き出していることになります。

一定温度で絶え間なく湧き出すこの湧水は、古代の人々にとって「命の源」であったのでしょう。

平出の集落内を流れる水路

平出の泉は今もなお、集落内の生活用水や周囲の田畑を潤す現役の用水として、この地の暮らしを支え続けています。

溜め池(写真奥)から流れ出す

集落内を流れる水路はところどころせき止められ、現在も生活用水として利用されていることがうかがえます。

ブロック塀にたわしが掛けられている

平出の集落や特徴的な「本棟造り」の古い民家が残ります。板塀に沿って流れる水路は美しい。

本棟造りの民家。屋根の形が特徴的。

板塀に沿って流れる

美しい町並み

この地に根を下ろした旧家の方々が、連綿と歴史を紡いでおられるのかもしれませんね。湧水からの水路が流れる美しい集落です。

石祠を囲んで水路が流れる

平出遺跡公園

平出集落の北側は、現在は歴史公園として整備され、復元された竪穴住居や高床倉庫が立ち並び、古代の人々が湧水を利用して営んだ豊かな暮らしの気配を今に伝えています。

縄文の村

古墳時代の農村。穀物倉が復元されている。

遺跡公園内にはガイダンス棟もあり、平出遺跡について学ぶことができます。広い原っぱでは公園として親子連れなどにも人気があるようです。

平出遺跡と平出の泉、古代から現代まで、湧水と人のつながりを学べる場所です。公共交通機関では塩尻駅から徒歩で20~30分ほど。シェアサイクル利用が便利です。

 

 

鶉ヶ池 平野の真ん中に湧く「河間(がま)」の湧水(岐阜県本巣市)

濃尾平野の「河間(がま)」

岐阜県の濃尾平野西部では「河間(がま)」と呼ばれる湧水あるいは自噴井が多くありました。これらは揖斐川などが形成した扇状地の地下で、粘土層などの水を通しにくい地層に閉じ込められた地下水(被圧地下水)が水の通り道から自噴するものです。漢字で「河間」と書かれますが、他の地方でも湧水を指す言葉「かま」と同じ語源なのかもしれません。かつては農業用水や生活用水の水源として使われ、愛知県の蟹江付近など、かなり南の方にもあったと言います。(X(Twitter)で写真を投稿した際に教えていただきました)

いまでも大垣市周辺では自噴井戸が各地にあり、大垣市は「水の都」としてPRしていますが、農村部の「河間」は地下水位の低下や土地改良・耕地整理等によりほとんど見られなくなってしまいました。

現在も残る数少ない「河間」の1つ、北方町のがま。

平野の中にぽつんと残る(2022年12月訪問)

こちらは大垣市のパンフレットにも載っており、案内板も設置されています。

平野の中に突如湧き出す泉という趣です。

外来のカナダモが目立つのが少し残念

さて、今回訪ねたのは、あまり知られていないと思われる鶉ヶ池。環境省の「岐阜県の代表的な湧水」のWEBサイトに見つけて訪ねてみました。(2026年3月訪問)

 

河間(がま)の湧水 鶉ヶ池

鶉ヶ池は濃尾平野の北西部、揖斐川・根尾川と長良川の間の低地に位置します。根尾川の扇状地の扇端よりは南側となり、一般的な扇状地の湧水ポイントとは少し異なる立地です。

根尾川の扇状地(黄色~緑色)よりは南側に位置する

周囲は耕地整理された水田。その中で木々が生い茂っている場所が見えます。ここが鶉ヶ池。

この周辺の高低差はほとんどない

特に案内等もありませんが、農地に立ち入らないように気を付けつつ近づいてみました。

最上流の池

最上流にあたる池に近づいてみました。水の近くでも高低差はほとんどありません。瑠璃色の池から水が流れ出していて、まさに「泉」という景観です。

池の周りは浅いところに地下水の流れがあるようで、削られて流れが見える場所もありました。

別の湧出点。こちらの池は小さい。

周辺ではいくつかの湧出点があり、底からの流れが合流しています。透明度はそれほど高くなく、光を受けて青緑色に見えています。

泉から流れ出した小川

小川が合流する

これらの湧水が合流して比較的大きな池になっていました。こちらが本来の「鶉ヶ池」なのかもしれません。

湧水を集めた池

濃尾平野の湧水にはトゲウオの仲間、「ハリヨ」が生息していました。この鶉ヶ池もかつては生息地だったのですが、水量の減少や環境変化などによりいなくなってしまったとのことです。比較的昔からの環境が残っているかと思ったのに、残念です。

とは言え、かつての河間の景観を留めているであろうこの湧水、このまま残ってほしいと思います。

蛇池 根尾谷断層と破砕帯に湧く湧水(岐阜県本巣市)

岐阜県西部から福井県にかけて延びる根尾谷断層は、日本でもっとも有名な活断層の一つです。
この断層は、1891年に発生した濃尾地震によって地表に現れました。地震の際には地面が大きくずれ、場所によっては上下に6メートルほども段差が生じました。現在でもその痕跡ははっきりと残り、断層のずれを実際に目で見ることができる貴重な場所となっています。

断層は地質的には地下水の流れとも深く関わっています。断層によって岩盤が砕かれてできた「破砕帯」は水を通しやすく、そこから地下水や温泉が湧き出すこともあります。トンネル工事で破砕帯から大量の地下水が噴出して難工事になるというのは、プロジェクトXのような番組で目にしたこともあるかもしれません。また、火山から離れた温泉は断層由来のものが多いですが、それが熱を持っておらず温泉に当てはまらなければ湧水となるわけです。理屈的にはわかるのですが、確実に断層由来として知られている湧水はあまり多くなく、今回、根尾谷断層にそうした湧水があると知り訪ねました。今回紹介する「蛇池」。断層破砕帯に由来する湧水が静かに湧き出す、不思議な雰囲気をもつ場所です。

根尾谷断層

まずは根尾谷断層によってできた断層の写真で有名な、根尾水鳥の断層展望広場にやってきました。

ここは小学生の頃に読んだ学研まんが「地震のひみつ」で衝撃を受けた場所。実家にまだ残っていたので、そのページを引用します。

学習研究社「地震のひみつ」より引用

このいかにもな博士が登場するのがなつかしいですね。

おそらく「断層」という言葉もこれで初めて知ったのではと思います。

そしてそんな聖地にとうとう訪ねた現地の写真はこちら。

「断層展望広場」から断層の縦ずれポイント

道路は新しくなっていますが、地震直後の写真から変わらず、はっきりとした断層の高低差を確認できます。

右側のピラミッド型の屋根の建物は「根尾谷地震断層観察館」。ここでは断層の地層を間近で観察できます。

観察館内のトレンチ

1回の地震でできた6mの縦ずれ。その地震のすさまじさが伺えます。

館内では濃尾地震の状況や根尾谷断層についても詳しく解説されており、興味深く観覧ンすることができました。私はレンタカーで訪ねましたが、樽見鉄道の水鳥駅からも徒歩で数分でアクセスすることができます。

そして展示でも触れられていた蛇池に向かいます。

断層による湧水池「蛇池」へ

蛇池は地層断層館のある、根尾水鳥の縦ずれ断層ポイントから南に5㎞ほど行ったところにあります。

都市圏活断層図より 赤い線が断層

国道157号線沿い。特に案内等はないので、多くの人が気付かずに通り過ぎているだろう場所です。

蛇池

トンネル工事の断層破砕帯のイメージとは違い、静かな池です。

地図を拡大してみると、ちょうど根尾谷断層の真上にあたります。

蛇池付近の拡大

断層による湧水は、断層により地層が破砕され、それが水の通り道となって湧き出すものです。この蛇池、濃尾地震以前にもあったようですが、地震によりさらに大きくなり水量が増したとのこと。

下流側から。国道沿いの水路とはコンクリートで隔てられている

現在は南北の長さが70mほどでしょうか。断層に沿った感じの細長い池です。破砕帯に沿って深いところから湧き出しているのか、湧水の成分も気になるところです。

国道側からのぞむ

訪ねたのは時折みぞれが降る3月上旬。春になるとまた美しい姿を見せてくれるのではと思います。

蛇池からの小川は、金原の集落を通って流れていきます。

蛇池からの流れが金原の集落を流れていく

横ずれ断層と河川争奪

この蛇池からの谷、川の流れの流量の割りには規模が大きい谷です。こちらの谷について、根尾谷地震断層観察館では「横ずれ断層による河川争奪」でできた谷だと解説していました。

一般的な河川争奪は、浸食力の強い川(谷頭)が、隣接する緩やかな川の流域を切り崩し、その上流部の水系を自らの流れに取り込む地形現象です。これにより、水を奪われた川は流量が減り、元の川幅に合わない谷は「無能谷」と呼ばれます。この金原の谷は無能谷というわけですが、断層によるものとはどういうことでしょうか。

そのメカニズムは断層観察館の図書コーナーにあった本に詳しく解説されていました。

小井土由光編著「みのひだ地質99選」より引用

もともとまっすぐだった谷が、根尾谷断層によってどんどんずれていき、最終的には蛇行した根尾川に上流側が奪われてしまったとのこと。横ずれの距離は2㎞ほどになります。
このような谷は根尾谷断層に沿っていくつも形成されています。

根尾谷地震断層観察館の展示パネルより

蛇池から200mほど北に行ったところに、横ずれ断層を観察できるポイントがありました。

金原の横ずれ断層

クランク状にカーブするこの道路、これは濃尾地震の際にできた横ずれ断層の痕跡。

近くの解説板には8mほど横に動いたとあります。

観察館のパネルにもありましたが、谷のずれた幅である2㎞動いたということは約250回、マグニチュード8.0の濃尾地震と同程度の地震が発生したということになります。とても恐ろしい、そして地球の激しさを実感できる場所です。

 

出流原弁天池湧水(1)湧水池と磯山弁財天(栃木県佐野市)

今回は地元埼玉からアクセスしやすいこともあり、繰り返し訪れている佐野市の「出流原弁天池」の湧水とその周辺をご案内します。

出流原弁天池

栃木県佐野市の郊外、緑深い山裾に湧く「出流原弁天池湧水」は、1985年に環境庁(当時)から名水百選(昭和の名水百選)に選定された名水。

出流原弁天池

最近はその透明度からSNSの「映えスポット」としても知られているようです。地元の方の管理により、美しい姿が保たれています。

透明度の高い池。

錦鯉が泳ぐ

この湧水は、石灰岩層を通って湧き出すもので、地質的には典型的な“カルスト地形”の湧水。この付近は古生代に形成された石灰岩が分布し、現在は佐野市に合併した旧葛生町域では現在でも盛んに石灰岩が採掘されています。石灰岩は雨水より溶かされ地中に空洞(鍾乳洞)を形成し、その地下水が長い時間をかけて地表に現れたものです。

この湧水の湧出点付近にも石灰岩が露出しているのが観察できます。

湧出点付近。岩の割れ目から湧き出している。

観光客の多いこの湧水、池のほとりには「福寿荘売店」さんがあります。私はここで「いもフライ」を買って食べながら池を見て一休みするのが楽しみ。ジャガイモを串に刺してフライにした佐野名物。1本200円(2025年時点)とリーズナブルでおいしい。

池のほとりでいもフライを

池からは勢いよく水が流れ出しています。

池から流れ出す水

湧出量は1日2,400tとなかなかの水量ですが、名水百選の選定時には1秒あたり100~130Lの湧出があったとのことで、1日にすると8,600t~11,200t程度、現在の3~4倍以上の水量です。「福寿荘売店」のおかみさんも昔はもっと水量が多かったとおっしゃっていました。これだけ水量が減ってしまうのは気がかり。この湧水どこから流れてくるのかわかりませんが、石灰岩の採掘や周辺の開発などが影響しているのでしょうか。昭和初期にはさらに多かったという話もあるようで、その頃を見てみたかった!

売店の反対側、池の東側には「涌釜(わっかま)神社」。「涌釜(わっかま)」とは出流原の古い呼び方のようで、いかにも湧水らしい地名です。

池のほとりに建つ涌釜神社

「出流原弁天池」ですので、こちらを弁財天と勘違いしそうですが、弁財天はまた別の場所にあります。

磯山弁財天

池の裏手の「磯山」。「磯」というと海岸の印象がありますが、ここの「磯山」という地名は磯浜のように岩がごろごろしている山だから名付けられたのではないかと思っています。弁天池から連続する石灰岩質の山です。

そしてこの磯山の中腹に「磯山弁財天」が祀られています。

石灰岩の割れ目

弁財天参道の入り口にある「風穴洞」。この石灰岩の割れ目からは夏は涼しい風が吹き出しています。中には鍾乳洞が広がっているのかも。

磯山弁財天を麓から見上げる

磯山弁財天は、奈良時代に創建されたと伝えられる古社で、山の中腹の岩場に「懸造り」で建てられています。

2層構造の懸造り

「懸造り」は「懸崖造り」「崖造り」とも呼ばれる急峻な崖や斜面に建てられる寺社建築の様式。有名なものとしては京都清水寺の舞台が「懸造り」ですね。水の神様である弁財天が山の中腹にあって、しかも「懸造り」というのはかなり異色なのではないかと思います。

急峻な斜面に建つ

こんな急な斜面に、鎌倉時代から建てられているとはすごいですね。

弁財天からの眺望

社殿からの眺望も素晴らしいです。

社殿の裏手

社殿の裏手は石灰岩の岩。この岩を昔から神聖なものと祀ったのかもしれません。湧水を育む石灰岩の信仰から弁財天へ。昔の人も石灰岩と湧水の関係をわかっていたのかもしれません。

磯山弁財天の遠景

こちらは麓のボート池から見た磯山弁財天。朱塗りの社殿は遠くからでも目立ちます。現在は木々が山を覆っていますが、かつてはもっと植生が少なく岩も見えていたのではないかと思います。豊富な水を生む岩山の弁財天。遠くからも人々は手を合わせていたのかもしれません。

 

乱川扇状地の湧水(2)名水百選 小見川の清流(山形県東根市)

前回、乱川扇状地の湧水河川、荷口川をご紹介しましたが、今回はその北側に水源がある「小見川(おみがわ)」のご紹介です。

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小見川と荷口川

小見川は、昭和60年(1985年)に環境省(当時は環境庁)が選定した名水百選にも選ばれています。ただ、地元としてはそれほど観光PRには力を入れていない様子。東根市の観光パンフレットを見ても、湧水を利用したニジマスやワサビは登場するものの小見川湧水については触れられていません。私ももともとは訪問予定はなかったのですが、荷口川を見た後で、小見川への期待も高まるのでした。

小見川源流部の色別標高図


小見川源流の「地蔵沼」と周辺の自噴井

まずは小見川の水源である地蔵沼へ。

小見川の水源 地蔵沼

遠目から見ると、何の変哲もない、ただいい感じの湿地帯という感じですが、近づいてみるとその澄んだ水に驚きます。

小見川の始まり

そして、地蔵沼からすぐ下流側。勢いの良い水の流れで、大量の水が湧き出していることがわかります。

地蔵沼の東側の集落内も少し歩いてみました。

自噴井の洗い場。奥にさくらんぼ畑が見える。

この辺りも少し掘ればすぐに地下水が自噴するようで、洗い場を備えたお宅が目につきます。

澄んだ水で満たされる

小見川の流れ

小見川をさらに下ってみます。

住宅地のすぐ横を流れる

写真の住宅地側がやや高台で、小見川は斜面に並行して流れていきます。調べてみると小見川の流れているルートはかつては最上川の河道だったようです。最上川が削った崖線で湧き出した湧水という性格もありそう。

豊かな湿地帯

だんだん水量が増してくる感じで、この流れの途中にも湧出点がありそうです。

ナガエミクリ(長柄御厨)が揺れる

この小見川、トゲウオの仲間「カクレトミヨ」の生息地とのこと。

「カクレトミヨ

トゲウオの仲間は湧水のあるような水温が一定な清流に生息することが多いのですが、「カクレトミヨ」は初めて知りました。従来は北海道から東北地方に生息する「イバラトミヨ」一個体群とされていたものが、2021年になって、東根・天童地域のものは新種として「カクレトミヨ」と名付けられたそうです。貴重な魚ですね。

「淡水魚観察棟」へ

少し下流にカクレトミヨの観察ができる施設があるようなので、立ち寄ってみました。

「淡水魚観察棟」

小見川沿いに建つ

地蔵沼から1㎞弱ほど下流側に「淡水魚観察棟」はありました。この辺りの小見川も変わらず澄んで、川の中にはナガエミクリ等の水草が茂っています。

観察窓

観察棟には水中が観察できる窓が設置されているのですが、藻に覆われて観察しづらい…

観察窓から水中を覗く

藻がない場所から覗いてみますが、魚の姿は確認できず。近年かなり数も少なくなってしまっているようです。

観察棟からの小見川

小見川の清流とカクレトミヨ、いつまでも残ってほしいものです。

 

今回は時間があまりなく、あまり散策できませんでしたが、また再訪できたら小見川の東側の支流や集落内なども散策してみたいと思います。